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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)7781号 判決

原告

布袋屋福三郎

ほか一名

被告

小林正治

ほか二名

主文

1  被告らは各自、原告両名に対しそれぞれ金二九五万円およびこれらに対する被告小林正治につき昭和四四年二月四日から、被告徳田満につき同年一月二七日から、被告福本三一につき同年一月二九日から、各支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを九分し、その七を原告らの、その余を被告らの負担とする。

4  この判決の第1項は仮りに執行することができる。

5  但し、被告らにおいて、原告らに対しいずれも金二五〇万円の担保を供するときは、当該原告に対する右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の申立て

(原告ら)

被告らは各自、原告両名に対し各金一、〇二三万三、六〇〇円、およびこれらに対する被告小林正治につき昭和四四年二月四日から、被告徳田満につき昭和四四年一月二七日から、被告福本三一につき昭和四四年一月二九日から、各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(被告小林正治、同福本三一)

原告らの請求を棄却する

訴訟費用は原告らの負担とする

との判決を求める。

第二、原告らの請求原因

一、本件交通事故の発生

とき 昭和四三年三月三一日午後九時頃

ところ 京都市伏見区深草瓦町名神高速道路五一・四キロポスト附近

事故車 被告小林正治の運転にかかる軽四輪乗用車

態様 事故車が中央分離帯の遮光金網の支柱に衝突し、その衝撃により、同車後部座席に同乗していた訴外布袋屋幸枝が頸部を離断され、即死した(詳細は被告小林の過失の項を参照)

二、被告らの責任原因

1  被告小林正治は本件事故車を無免許で運転し、かつ前記高速道路を走行中、先行車を追越そうとして、時速九〇キロの速度で追越車線に進入したが、かかる場合には、右先行車の動静を注視し、急激なブレーキ、ハンドルの操作を避け、状況によつては適宜減速して追越しを中止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右先行車が、さらに先行車を追越すために追越車線に進出したのを認めて狼狽し、同速度のまま左に急転把し、次に右先行車が加速したので再び右方へ転把し、自動車を左右に動揺させてハンドルを取られた過失により、事故車を右斜め前方へ暴走させ、事故車右前部及び右側ボデー付近を中央分離帯遮光金網の支柱に衝突せしめ、同車右後部窓ガラスを粉砕し、その衝撃により前記のごとく同乗中の訴外幸枝を死亡せしめたものである。よつて、同被告は民法七〇九条により原告らの損害を賠償する義務がある。

2  被告徳田満は、本件事故車に同乗しており、本来事故車を運転していた者であるが、被告小林が自動車運転の免許を取得しておらず、かつその技術が未熟であることを知りながら、軽率にも、同人の希望を容れ、これに身替り運転させた過失により、本件事故を発生せしめたものであるから、民法七〇九条により原告らの損害を賠償する義務がある。

3  被告福本三一は、本件事故車の所有者で、これを運行の用に供していた者であり、かつ電機部品の製造を業とし、右被告小林、同徳田をアルバイトとして使用していた者であるから、自賠法三条、民法七一五条により原告らの損害を賠償する義務がある。

三、損害額

1  亡幸枝の逸失利益 一、三二六万七、二〇〇円

(原告ら相続分各 六六三万三、六〇〇円)

右算定の基礎は次のとおり、

亡幸枝は高等学校を卒業し就職して、一ケ月三万円の収入を得ていた。同女の生活費は一ケ月一万円相当である。同女は事故当時一九歳であつた。

原告らは実父母として、幸枝の死亡により右逸失利益を二分の一づつ相続した。

2  原告らの精神的損害 各三〇〇万円

原告らは、婚期を間近かにし、将来を楽しみにしていた実娘の無惨な死亡により、堪え難い精神的苦痛を被つた。

3  弁護士費用 各六〇万円

四、本訴請求

以上により、原告らは被告らに対し前項損害金の合計額各一、〇二三万三、六〇〇円、およびこれに対する、各被告について本件訴状が送達された日の翌日である請求の趣旨記載の日から支払いずみに至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁

(被告小林正治)

一、請求原因第一項(本件事故の発生)は認める。

二、同第二項の1(被告小林の責任)のうち、被告小林に過失があつたことは認めるが、その態様は否認する。

三、同第三項(損害額)は争う。

(被告徳田満)

一、請求原因第二の2(被告徳田の責任)は争う。被告徳田は、被告小林が運転免許を受けていると信じていたので、その要求に従い、同人にハンドルを渡したのであり、単なる同乗者にすぎない。

(被告福本三一)

一、請求原因第一項(本件事故の発生)は認める。

二、同第二項の3(被告福本の責任)は争う。本件事故当時、被告小林ならびに被告徳田をアルバイトとして雇傭していたのは、訴外有限会社福本製作所であり、被告福本個人は使用者ではない。

三、同第三項(損害額)は争う。

第四、証拠関係〔略〕

理由

第一、本件事故の発生

原告主張の日時、場所において、その主張する様な交通事故が発生したこと(請求原因第一項)については、被告小林、同福本において争いなく、被告徳田においてもこれを明らかに争わないから、自白したものとみなす。

第二、被告ら各自の責任原因

一、被告小林の責任

被告小林は、本件事故につき注意義務を怠つたことを認めながら、その態様を争つているところ、〔証拠略〕を総合すれば、被告小林は、公安委員会の免許を受けず、かつ自動車の運転技術にも修熟していないのに、高速道路において本件事故車を運転し、法定最高速度を二〇キロも上まわる時速一〇〇キロ以上の速度で走行してハンドル操作を誤り、車体の安定を失つた過失により、本件事故を惹起したことが認められる。それ故、被告小林は民法七〇九条により原告らの損害を賠償する義務がある。

二、被告徳田の責任

本件事故は、前項のごとく、結局被告小林の無免許未熟運転に基くものである。しかして、〔証拠略〕を総合すれば、本件事故は、被告徳田(事故当時二一歳)が、事故車に訴外福本啓子(同一八歳)、被告小林(同一八歳)、被害者幸枝(同一八歳)らを同乗させて、大阪から名古屋の下宿へ遊びがてら帰つてきた帰路における事故であり、同乗者の中では被告徳田が唯一人の成年者であつて、かつ唯一人の運転免許保有者であることが認められ(被告徳田は、被告小林が無免許であることを知らなかつた旨を主張するが、〔証拠略〕に照らして措信し難く、かえつて、これらによれば、被告徳田は被告小林が軽自動車の免許を持つておらず、かつ運転技術も未熟であることを十分知つていたものと推察され、これに反する甲一五号証は採用し難い。)、その立場からして、当然被告小林の無免許未熟運転を防止すべき注意義務を有する者でありながらこれを怠り、同乗者の啓子らが小林の運転に危惧を示していたのをよそに、名神高速道路大津サービスエリヤを出発するにあたり、被告小林と運転を替り、同人の高速道路における無免許未熟運転を容認し、かつ被告小林が時速一〇〇キロ以上の高速を出しているのを、助手席にいて知りながら何らの注意も与えずこれを許容し、右出発から間もなく、前記のごとく、被告小林の初歩的な運転技術の誤りによる本件事故を惹起せしめたことが認められる。従つて被告徳田もまた、被告小林と共同して民法七〇九条により、原告らの損害を賠償する義務がある。

三、被告福本の責任

〔証拠略〕によれば、本件事故車の所有名義人(使用者)は被告福本三一であることが認められ、特に反対の証拠もないので、同人は本件事故車の運行供用者として、自賠法三条により、原告らの損害を賠償する義務を負う。

第三、損害額

一、亡幸枝の逸失利益 金三九〇万円

(原告ら両名の相続分各金一九五万円

〔証拠略〕を総合すると、被害者亡幸枝は、中学校卒業後、家事見習い等をしており、その間、一時父親の友人の経営する訴外三亜製作所他へ勤務し、一ケ月約三万円程度の収入を得ていたことが認められる。しかしながら、その勤務態様等からして、右は必ずしも恒常的安定的なものとも認められないので、その将来にわたる逸失利益の算定にあたつては同女の潜在的労働能力そのものを抽象的に評価することとし、昭和四三年度の中卒女子の平均賃金月あたり平均二万八、一〇〇円、(労働大臣官房労働統計部昭和四三年度版賃金センサス第一巻八四頁)を基礎に、その二分の一を生活費として控除し、この時よりなお四五年間は(甲一号証によれば、幸枝は死亡当時一八歳であつたことが認められる、)右収益を得ることができたものとして、これを算出するのが相当である。よつて、年ごとホフマン方式によつて年五分の割合による中間利息を控除して計算すると右は三九一万六、六九六余円となる。

(算式28,100×12×1/2×23.2309=3,916,696)

ところで、以上の積算は、その性算上、きわめて大まかな推論の上になりたたざるをえないものであつてみれば、右計算値のうち、上二桁未満の数値は、右推論のうえでは必然性を持たぬものと思われ、かつ逸失利益を控え目に算定する立場からしてこれを切捨てるのが相当である。

なお、〔証拠略〕によれば、原告両名は亡幸枝の実父母であり、同人の死亡により右逸失利益を各二分の一づつ相続したものと認められる。

二、原告らの慰謝料 各八〇万円

〔証拠略〕を総合すれば、原告両名は、婚期を前にして、その将来を楽しみにしてきた娘幸枝を、突然にかつ非常に無惨な姿で失い、極めて深い精神的苦痛を蒙つたことが認められる。母親である原告静枝は、他の兄弟に較べても、特に朗らかで社交性に豊んでいた幸枝を失つたショックにより、事故以来健康を害しており、また人の変つたように、ともすれば悲しみに沈み込みがちであることが認められ、かつその悲歎の程は、父親である原告福三郎についても同様であると推察されるのである。

しかして、当裁判所は、原告らの右精神的苦痛の程度を金銭に評価し、加害者に支払いを命ずべき慰謝料額を算定するにあたつては、右のごとき事情の他に、特に、幸枝の死亡によつて前一項の逸失利益が原告らに相続され、しかも弁論の全趣旨によれば、原告らがやがてこれの支払いを受けるであろうと認められる事をも、当然に考慮に加えなければならないものと考える。その理由は次のとおりである。前記原告両名本人尋問の結果を総合すれば、幸枝の父親である原告福三郎は年収八〇〇万円近くの収入を得て、裕福に生活している者であり、幸枝が前述のごとく一時勤めに出ていたのも、それにより家庭に収入をもたらす為などではなく、従つて幸枝自身も、前記勤務によつて得た何がしかの収入は、すべて自分の小使いにあてており、一方、原告らも幸枝をなるべく早く結婚させることを希望していたのであつて、いずれにしろ原告らとしては亡幸枝の労働から金銭的な利益を受けることを、将来ともにまつたく期待しておらず、またそのような関係にも無かつたことが認められる。従つて、亡幸枝の死亡により実際に原告ら自身が受けた損害は、まつたく純粋に精神的な苦痛そのものに留ることが認められるのである。しかして幸枝の右死亡を契機として、原告らが幸枝の逸失利益の相続人としての法的地位を取得し、損害賠償請求においてその権利を行使してその実現を得るならば、前記のごとく、原告らが本来はこれによる取得利益をまつたく期待し得べき地位になかつたものである以上、右取得利益(相続逸失利益の賠償金)は、実態的にみるかぎり、原告らの前記現実の精神的損害そのものに対しても賠償的機能をはたすことが、肯定されざるを得ないのである。

右立論は、一見、法的構成の異る二つのものを混同し、一方で与え一方で奪う観を呈しているかのようであるが、損害賠償制度の目的が制裁よりも、損害の回復にある以上、相続人による死者の逸失利益の請求という法的構成そのものも、結局は、現実世界(すなわち原告ら生者の世界)における損害の積算とその公平な分配を志向するものであるから、右のごとき両者の統一的考察こそ合理性を有するものである。

前記のごとき諸事実ならびに右のごとき観点、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮して、原告らに対する慰謝料として各金八〇万円を相当と認める。

三、弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告らが本訴提起を余儀なくされた事実が認められ、これによる弁護士費用は、本件事故に相当因果関係を有する損害と評すべきであり、その他強制保険金三〇〇万円分の受領は特に法的手段によらずとも可能であつたろうと推察されること等をも勘案してその金額は各二〇万円とするのが相当である。

第四、結論

被告らは各自、原告両名それぞれに対し、前第三項一、二、三の損害金の合計各金二九五万円、並びに、これらに対し、各被告について本件訴状が送達された日の翌日である、被告小林につき昭和四四年二月四日、被告徳田につき同年一月二七日、被告福本つき同年一月二九日から各支払ずみに至るまで、民事法定利率五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。

(裁判官 本井巽 中村行雄 小田耕治)

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